池波正太郎の我が家自慢

池波正太郎の我が家自慢

住宅設計依頼

 突然事務所へ「池波正太郎だが我が家の設計を頼みたい!」と電話がかかって来た。設計室に20代の所員4~5人いて電話に出た阿保君が「池波正太郎さんを知っている?」との廻りへの問いかけに誰も池波さんを知らなかった。「石ノ森正太郎なら知っているけど?」等とぼけた雰囲気だった。

後日、行きつけの新宿の飲み屋さんでその話をしたら「私、ファンよ!」と女性店員に喜ばれ驚いた。

池波正太郎の設計条件

各部屋の出入口は全て引戸とすること。 トイレ2ヵ所(1階・2階) 来客用応接室 

家族構成: 奥さん(豊子さん) お母さんの計3名

設計概要

 敷地面積約20坪 和風住宅3階建 各室個人部屋3室 応接室 小上がり付キッチン 小屋裏書庫3階

作 品 

 完成後の住宅で書き上げた文庫本に池波さんのサイン入りで事務所へ送ってくれていました。

45歳~67歳まで執筆していたようです。

設計監理

 私は当時、横浜市立大学病院施設の設計監理を担当していたため住宅の建設中は現場を見る機会がありませんでした。何時もは建築中や建主が入居される前の竣工検査時に立ち会うのですが仕事の都合で行けませんでした。そのため池波さん家族が入居後に許可を得て見させていただきました。設計担当は清水君で当日、建物内部を案内してもらいました。

完成住宅視察

 訪問時、池波さんにお会いした時、人を見る目の鋭さに驚きました。全てを見透かされているようで初めての経験です。奥さんに小上がりでお茶をご馳走になったり、お母さんに挨拶したりしながら自室を見学させていただきました。小上がりに座れるのは二人だけで何となく生活の様子がわかる雰囲気です。奥さんとお母さんとの仲良い雰囲気が伝わってきました。

 応接室は出版社関係者の来訪が多かったと思いますが、池波さんの大好きな古風なコケシが飾って有りました。

 執筆の約束期日を遅らせたことが無いのが自慢とのことでした。

 書斎は大きな机(約1畳)、椅子は胡坐をかいて座るとのことで天童木工の特注品のはずです。記念館に椅子と机があり懐かしさを感じます。机は窓に向かって配置している。ご自分の動線をよく考えていることが判ります。横にベットがあり、いつでも寝転がられるように別室ではない。小屋裏が書庫になっており図書館のようにスライド棚になっており自由に動かして本が探せること及び大量の資料保管場所としています。

 外観は道路側からしか見ることができませんでした。写真にあるように玄関は檜の引き違い戸、左側が応接室で窓に簾が掛かっています。玄関灯はヤマギワ電気製、2階外壁はコンクリート打ち放し斫り仕上、3階部分は斜め屋根で濃い緑のシングル葺(緑青銅葺風)。 

男の作法

 生命保険会社のベテラン営業マンに池波正太郎さんの思い出話をした後に「男の作法」を持参し「これ、石井さんの事ではないか!」と届けてくれました。P153「若いお弟子さんがやっぱりびっくりしていたよ。こんないいいものとは知らなかったと」

 この文章で当時の池波さんの視線の鋭さが何十年かぶりに理解できました。

 しかし、この書斎で作り上げた作品の多さや内容の深さに何時も驚かされています。

 中村吉右衛門の「鬼平犯科帳」が特に好きです。